2019年はギャン妻お別れの年
今週のお題「2019年の抱負」
→ギャン妻卒業!これにつきる。
明けましておめでとうございます。
気付けば2019年、新しい年になりました~!
2018年後半からギャン妻Twitterを頻繁に更新するようになり、そこでたくさんの出会いがありました。
私がTwitterを始めたのは同じギャン妻さんたちとつながりを持ちたかったことと、自分がギャン妻を卒業する過程を記録していこうと思ったからです。
だけど、ある日気づいてしまったのです。
Twitterのタイムラインでの居心地の良さに。
私自身、ずっとギャン妻でいようとは思っていません。(誰だってそうだろうけど)
いつか終わりにしたい、そのためにTwitterやブログを始めて同じ立場の人たちと関われる場所を自分のためにつくりました。
Twitterで絡んでくれる人たちは良い人ばかりで、楽しくて、そしてみんな自分の目標のために奮起したり落ち込んだり、励ましあったり……。
そんな環境がとても居心地よくなっていました。
私の目標はギャン妻からの卒業なのに、ここでぬくぬくしている限り私はずっとギャン妻のままじゃん!
と、気づいた時のつぶやきがこちらです↓↓
自分の居場所を作ってしまうとそこにとどまろうとする。居心地いいから。みんな受け入れてくれるから。抜け出せなくなる。ある種の依存?だとしたら私はこのTLにいる限り、ギャン妻から抜け出せないのではと気づいてしまった。
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2018年11月2日
もしかしたら私はギャン妻アカウントをし続ける以上、自分の夫がいかにギャンブルでダメになったか、自分がどれだけ苦しめられたか、そんなことばかりを外に発信し続けていくんじゃないだろうかと思ったのです。
ギャン妻でいるためのアイデンティティーって、そういうギャン妻じゃない人たちにはわからない苦労や不安を常に抱えることだから。
私はこのSNSの中で、ギャン妻であることでこの場所にいるみんなに受け入れてもらおうとしている。
それは本当に私が望む私の姿?
このタイムラインでの居心地の良さが、私を脱ギャン妻から遠ざけているのでは。
そんな風に思うようになりました。
なので、私は強制的に、自分がギャン妻を卒業する期限を決めることにしました。
明けましたね🌅2019年🐗後厄の私です🐶どんな形になるかは分かりませんが、今年をギャン妻卒業の年とします。なので今年いっぱいでこのTwitterアカウントもお終いにします😊なりたい自分になるために亀のスピードでも歩みを止めずに行きます🐢あと12ヶ月、よろしくでっす🤩
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2019年1月1日
ギャン妻でなくなるというのは、どういうことなのかというと…
離婚、もしくは夫が完全にギャンブル依存から回復すること
ですかね…。
正直、どういう形になるかは実は自分でもはっきり決めていませんw
というか離婚以外は自分の意志では決められないけど(笑)
でも、とにもかくにも自分の肩書をギャン妻以外のものにしようと思っています。
ちなみに、今私と絡んでくれているギャン妻さんたちがTwitterを続けていくことを非難しているわけでは全くありません。
先輩ギャン妻さんたちに、私はいつも勇気をもらっているし、共感して安心することも多いし、たくさんの気づきをもらっています。
先輩ギャン妻さんたちがいないと、私がこんなにTwitterで救われることもありませんでした。
私は今年1年、思いっきりギャン妻としてTwitterで発散していこうと思います。
ブログでも昔あったアレコレを吐き切って終わりにしようと思います。
(文章力なさ過ぎて時間がかかるのでどれだけ更新できるかわからないけど…(-_-;))
もしかしたらその過程で呟いた何かが、誰かの心を救うこともあるかもしれないし、ブログで書いたアレコレが、未来のギャン妻さん(いないほうが良んだけど)に、光を与えるかもしれない。
(ネガティブな影響を与えてしまわないように気をつけなくちゃ……)
とまぁ、そんなことを思っている新年です。
今年は逆算手帳も買ったし、やりたいことが多すぎて本当に時間との戦いです 汗。
これからもたくさん勉強してたくさん発信していくので、いつかどこかで、ギャン妻ではない私と関わってもらえるとうれしいです。
新年早々、とってもとっても大口を叩きましたが今日はこの辺で。
(もう後戻りできないぞ~)
主語を「夫」から「私」に変えました
このブログを始めて1年以上がたちました。
半年くらい放置していた時期があるので、記事数は本当に少ないのですが…。
今回、ブログの説明文を、
「夫のギャンブル依存が発覚してから、私がギャン妻を卒業するまでの道のり」
に変更しました。
以前のブログ説明文↓
以前は
「ギャンブル依存症の夫の、借金発覚から回復への道のり」
としていました。
何が変わったかっていうと、主語が「夫」から「私」になったこと。
ブログを始めた当初は、夫の観察日記みたいなものを書いていくつもりでした。
でも、今の私は、
「夫がギャンブル依存症から回復する云々は、本人の問題」だと考えています。
夫がどうやって回復していくのか、そもそも本人的に回復したいと思っているのか。
私がいちいち関与することではないと思っています。
今まで夫に対していろいろなことを、言ったりしたりしてきましたが、
「自分以外の誰かを変えることはできない」
というのが今の私が出した答えです。
少し前まではGPSを使ったり、車のドライブレコーダーのデータをいちいち確認したりして、夫の行動を監視したりすることがありました。
夫の行動や言動について注意したり、ダメだししたり、上から目線でアドバイスしたりもしていました。
財布の中身やカバンの中身も、チェックしなければ気が収まらないときも多々ありました。
GAへ行くことを促すのも、いつも私からでした。
だけど、あんまり意味がないし、夫からしてもストレスでしかないだろうし、私にとってもストレスでしかありませんでした。
少し大げさな表現をすると、私の人生の主役は私なので、夫が主役のブログをしたって意味ないな~ってことです。
このブログは、私の、私による、私のためのメディア。
今日という一日は、私の、私による、私のための一日。
そう思ってやっていきます。
とはいっても、やはり夫に対してダメ出ししたくなることは多々ありますけどねw
それに、こんな風に思えるようになったのは、自分のなかで「離婚」という決断がかなり具体的になって、いろいろ吹っ切れた部分があるからだとも思います。
では、今日はこのへんで。
つまりはそういうこと↓
助けを乞うことができるひと、できないひと
最近Twitterのフォロワーさんが徐々に増えてきて、ギャンブル依存症の当事者の方と関わることも増えてきました。
関わると言っても、時々リプライを送ったり送られたり程度ですが。
私がついついリプライを送ってしまうのは、依存症の方が
「禁パチ中だけどパチンコ行きたくなってきた…どうしよう…」と、
まさに今スリップしてしまうかもしれない、そんなツイートが流れてきたときです。
そんなツイートを見てしまうと
「うざいと思われるかもしれない、けど、もううざいと思われてもいいや」
ってな気持ちで
「とりあえず今日一日だけ我慢しませんか?」
とか、
「まずはお昼まで行かないで」
とか、送ってしまいます。
そして、(別に私がリプを送っても送らなくても)たいていそのあとに、
「どうにか我慢できました!」
というツイートが流れてきて、ほっとしているのです。
そんなことが増えてきてふと思ったのは、当事者の方がスリップしてしまう時って、タイムラインに突然
「スリップしました……( ;∀;)」
って流れてくることが多い!ということ。
つまりその前の
「やばい、行きたい、行ってしまいそう…どうしよう」
という迷いのツイートがないのです。(あくまで私のTL上の話なので、そうじゃない人もいるでしょうけど)
私は当事者じゃないのでスリップするときの心境や状況はよくわかりませんが、自分の迷いや衝動を言葉にして第三者に助けを求めることが出来れば、スリップはかなりの確率で防げるんじゃないかなと思ったのです。
もしかしたら、衝動についてツイートしている人は、別に誰かに助けを求める云々なんて考えていないかもしれないけど。
だけど当事者や、その家族がそんなツイートを目にしてしまうと、どこかで自分のことのように思えてしまって、リプを送らざるを得ないのです。少なくとも私は。
Twitterでフォローさせてもらっている、私と同じギャン妻のビッケさんのブログを読んで、本当にその通りだなあと思ったのでここに引用しますね。
ビッケさんのブログはギャン妻であるビッケさんと、当事者である夫さんが一つのブログ内でそれぞれ記事を上げているのですが、今回は夫さんが記事をアップしています。
そこに挿絵としてビッケさんが書いているイラストが、本当に依存症者とその家族の状況をよく表しているな~と感動しました。
(イラスト見ながらうんうん頷いちゃう感じ)
うちの夫も、誰にどう助けを求めればいいのかを知っていれば、ここまで問題がこじれることはなかったんじゃないかなと思います。
一番最初にギャンブル依存症が発覚した時、私は夫に
「もしもどうしてもパチンコに行きたくなったときは、外にいるときでも仕事中でもいいから私に電話してほしい。仮に行かずに済んだとしても、もしくはスリップしてしまっても、行きたくなったことを正直に話してほしい」
そう言っていました。
だけど夫は、私に一切そんな衝動や迷いを打ち明けることなく、盛大にスリップしていました(笑)
(いや、笑いたくないけどもう笑うしかない)
自分の心の内を言語化して発信できる人は、本人の意図せぬところで誰かが助けてくれたりするんですよね、きっと。
それって立派な能力だと思います。
求めよさらば与えられん。
求めなければ、与えられることはないんだきっと。
うちの夫も自分の思っていることをもっとすんなり言語化できれば、夫婦げんかでキレて机をけり倒すようなこともせずに済んだんだろうけど。
夫と結婚してからワースト上位に食い込むような喧嘩をした。キレて昭和の親父のようにローテーブルを蹴り倒す夫。駄々っ子か。私もキレて「テーブル元に戻せよ💢」と言ったら無言で戻しておりました。その後夫はチャリンコで逃亡。ツッパることが男の〜🎶が頭から離れない。
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2018年11月20日
私たちの信頼関係に問題があるんでしょうね、きっと。
夫的に、私に迷いや衝動を打ち明けたら怒られると思ったのかな。
助けどころかストレスになるわって思っていたのかもしれない。
それに夫はええかっこしいだから、弱い部分を見せたくなかったんだろうな。
私はもう関係を修復することをあきらめているから、夫にはTwitterでもなんでもいいから、どこか別の誰かに助けを求められるようになってほしいなと思います。
そんなわけで、今日もTwitter上の当事者の誰かが衝動や迷いについてツイートしているのを見つけたら、私は目ざとくリプを送ってしまうのです。
これも共依存の一つなのかな。
もう何でもいいや。
離婚を決意して気づいたこと
気付けば5か月間ブログを更新していませんでした。
ブログを更新していない間にもいろいろとあり、何から書いていいものか迷うところですが、今日は今自分が心にとめていることをここに吐き出しつつ整理しようと思います。
ブログよりもTwitterのほうが更新頻度は高いものの、それでも月に1回あるかないか?ぐらいの頻度なのですが…
夫のスマホのGoogleマップ、検索履歴見たら「パチンコ」「パチスロ」と出てきたんだが。
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2018年5月12日
これもうアウトでしょ‥‥。
こんなことがありまして…
さらにこの数か月後、Twitterにはつぶやきませんでしたが、家からお金が無くなるという事件(?)も起こりました。
このお金は、夫が自分のお小遣いをコツコツと貯めた約5000円。
いつもテレビ台の隅っこに貯金箱代わりの入れ物に入れておいていました。
ある日掃除をしようとテレビ台をみてみると入れ物ごとなくなっている。
翌日夫に聞いたところ、
「自分も今朝気づいた。さー(私)がどこかへ移動させたのだと思った」
とのこと。
うちは2人と猫1匹の家族構成なので、どう考えてもお前しかおらんやろ!!と言いたいところですが、夫は自分ではないの一点張り。
「本当にお金が勝手に消えたのなら、警察呼ばないと」
そう私が言ってもスルー。
このお金はそもそも、夫が大好きな歌手のファンクラブに入るために数か月かけて地道に貯めていたもの。
それが突然消えたら、相当ショックを受けると思うのだけど、本人はケロッとしている。そして「自分は知らない」と。
私が夫を責め立てるのを止めると何事もなかったかのようにケロッとしているのは、今までの借金発覚時や嘘がばれたときと全く同じ。
家計のお金ではないのでしつこく問い詰めることもしなかったため(そもそも物理的な証拠がない)、やり取りが終わると案の定本人はまるで他人事のようでした。
そんなことがあってから、こんな風に思うようになりました。
この垢を作ったのは離婚のためだったけど気づけば「ま、いっか」ってしばらく放置してた。でも今やっぱりお互い一緒にいることがマイナスになる気がして離活に気持ちが傾きつつある。もうギャンブル依存と関わりたくない。私はギャンブルなんてこれっぽっちも興味ないのに。
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2018年9月11日
離れるべき時が来たのか~!ついに!
ただやはり離婚となるといろいろと準備が必要。物理的にもメンタル的にも。
自分としてはこのツイートをした時点で、離婚の決心がついていたつもりでした。
でも心のどこかで、「誰かに背中を押してほしい」という思いがあり、
ネットで検索して評判の良いっぽい占いに行くことにしました。
(離婚を考えはじめると女は占いに行くあるある)
今までの状況を話すと、占い師のおじさんは「旦那さんはまだギャンブルしてるね~」とばっさり。(まぁ、この状況だと誰がみてもそう思うよね……)
私が占い師さんにみてもらいたかったのは、「離婚しても一人でやっていけるかどうか」ということでした。
占い師さんに言われたのは、
「まだ36歳ならいくらでもやりなおせるよ。離婚して元気に楽しく生きてる人なんていくらでもいるよ。ただ、問題なのは、あなた自身が、自分に自信がなさすぎること。そんな状態だとまた同じような人を引き寄せて、同じような問題にぶち当たるだけだよ」
という、心にぐさぐさと刺さる、ごもっともなご意見でした。
そう、私が何よりも恐れているのは、仮に今の夫から離れたところで、また同じような人に巡り合ってしまうのではないかということ。
正直この占い師さん、好きになれない。
だって本当のことをぐさぐさと言ってくるから。なんかすべて見透かされている気がして(しかし占いとはそういうところなのだろう…(-_-;))
こんなところでプライドが邪魔をして、素直に心を開いて話をすることが出来ませんでした。あぁぁぁぁ(涙)
占い師さん的には、「離婚するならすればいい、ただ、今のあなたにそれを決心して実行することが本当にできるの?」というご意見のようでした。
私は半分意地になって、
「します!だから引っ越しに良い時期と方角を教えてください!」
と頼み込み、引っ越しに良い時期と方角を教えてもらって占いを後にしたのでした…。
占いの帰りに寄ったカフェで賃貸物件を探しながら、まだ意地っ張りの抜けない私のツイートがこちらです。
生まれて初めて占いに行ってきたんだけど、スッキリしたくて行ったのになんか占ってもらったあとのほうが考えること多くてモヤモヤ。とりあえず11月中に家を出る事を目標に設定。
— さー@自立目指すギャン妻 (@live_seaside) 2018年9月25日
占いに行ってから早1か月。
11月に家を出ていくなら、もう物件も決めていなければいけない時期ですが、今の私はというと…
家を出るのはいったん保留で~(えええええ~)
ってところです。はぁ(ため息)
占いでみてもらってからもしばらくは、固い(はずの)決意で物件を探したり、引っ越し後のシミュレーションなどをしていたのですが、どうしても心がモヤモヤするというか、なんとも言えない不安感に襲われていました。
そんな時に目についたのが、とあるネット記事でした。
この記事を読んで気づいたのは、私のメンタルがまだ離婚に対する覚悟ができていないということ。
現在夫の扶養内で働いているため、扶養から外れたときに社会保険を負担することになると経済的負担からメンタル面にも影響が現れるのではないかという不安。(子供がいないので経済面はどうにかなるだろうと思うものの、貧血持ちで体力に自信がないので労働時間を増やすことに自信がない)
もしも私が家を出ていくのなら、猫も連れて出ていくことになりますが、猫の健康面に何かあったときや、仮に寿命を全うしたとしても看取った後の喪失感を一人で背負うことになるかもしれない不安。
悔しいけれど、占い師さんに指摘された通り、色々な面で自分に自信がなさすぎるあまり、どうしても「離婚」という未知の世界に踏み出す覚悟がまだないのです。
もしも私が、第三者であれば、
「こんな男といつまでも暮らしてたら時間の無駄。さっさと離婚して自分の人生生きたほうがいい」
と思うことでしょう。
中には私のブログを読んだり、ツイートを見て、
「え、まだ離婚してないの?さっさとすれば?」
と思っている人もいるかもしれない。
かく言う私も、同じギャン妻さんや、モラハラ夫に苦しんでいる人を見るたびに、
「もうそんなにつらいなら、早く離婚しちゃえばいいのに」
と思ってしまうことは多々あります。
でも実際自分の身に降りかかるとなると、想像以上にしんどい。
うまく説明できないけど、ただただメンタルがしんどい。
残念ながら、こんなにダメな夫に私はかなり依存しているらしい。
占いに行ってからというもの、毎日自分の中で葛藤していました。
でも、ひとまず家を出るのはもう少し先にしようと決めました。
それが半年先になるのか、1年先になるのか、10年先になるのか。
なんだかんだで一生夫婦のままでいることになるのか。
それはまだわかりません。
ただ一つ言えるのは、
私が離婚したってこの世の中は何も変わらない。
だけど、
私が離婚したら、
私の世界は一変するということ。
そこに気づいてから、自分の気持ち最優先で生きていこうと改めて思いました。
馬鹿な女と思われても、運のない女と思われても、結局はダメ夫に依存している一人じゃ何もできないダメ女と思われても、
今は自分の心が安定するものだけを選んで毎日を過ごそうと思っています。
あ、でも離婚を心の隅っこで決意してから、結婚指輪は外しました(笑)
あと、自分の理想とする女性であるために、美魔女まではいかなくとも、実年齢よりも上に見られることのないように、清潔感と身だしなみは今まで以上に意識しようと決めました。
いろんな人に出会って、いろんな話をして、いろんな本を読んで、もっとたくさんのことを吸収して、発信して、夫とかかわらない世界を広げていこうと思っています。
もしも離婚を考えているけどなかなか踏み出せない人がいたら、このブログが何かのヒントになれば幸いです。
離婚することも、離婚を思いとどまることも、どちらも悪いことではないです。
誰かに非難されたとしても、誰かの期待に応えるために生きているわけじゃないから。
自分の心を最優先にしたほうが良いと、今回の経験から私は学びました。
このブログをどれだけの方が読んでくれいているかは分かりませんが、これからは夫に関してだけでなく、自分のことももう少し吐き出していこうと思います。
とりあえず今日はここまで~。ふぅ。
【追記】↑の記事を書いてから2年、今ちゃんと別居して楽しく暮らしてます!
義父と夫の関係について感じた違和感
前回の内容↓
夫のギャンブル依存症と、2回目に発覚した消費者金融からの借金について、お互いの両親に話す決意をしました。
1回目の時は、誰にも話さずに2人で解決を目指しました。
それから2年。同じことが繰り返された今(むしろ借金は増えている)、私は2人だけでこの状況を乗り越えられる自信がありませんでした。
借金の返済を援助してもらおうとは思っていません。
ただ、私たちが今、どのような状況にいるのかをお互いの両親に知ってもらいたいという思いがありました。
そしてその状況を知った両親が、どれだけ心を痛めるのか。夫自身に気づいてもらい、自分のしたことを自覚してもらいたいと思っていました。
義母と私の母に、まずはメールで事情を説明しました。
夫が実はギャンブル依存症だということ。
消費者金融に借金があること。
2年前にも同じことをしていたこと。
私にはもう2人だけで乗り越える自信がないこと。
〇月〇日に帰省するので、時間をとってもらいたいこと。
借金返済の援助をお願いするつもりではないということ。
義母も母も、メールを送るとすぐに電話をくれました。
義母はひたすら私に謝っていました。
一方、私の母は「まぁ、夫婦はね、色々あるわよね」という感じで、比較的明るく励ましてくれました。
いよいよ、帰省する日。
私は夫より1日早く実家に帰りました。
父とは、帰省してから初めてこの件について話をしたのですが、
「いきなり家に来ても、何話そうって困るよね?こんなことになってごめんね」
と伝えると、
「困りはしない。
二度としてくれるな(ギャンブルも借金も)とはっきり言うつもりだ」
と、武士のように答えてくれました。
お、おぉ……頼もしい…。
翌日、新幹線に乗ってきた夫を駅まで迎えに行くと、なんとスーツを着て立っている夫の姿が。
シャキーン
君は謝罪会見でも開くつもりか。
顔は緊張ですでにこわばっている。
夫はこういうところで真面目なので、みんなだまされるんですよね…(←一番騙されてる人)
母に借りた車を運転し、まずは義実家へ向かいました。
この件自体がもう2年以上も前の話なので、私自身も記憶があいまいになりつつあるのですが、とにかく2人して緊張しながら義実家へ上がりました。
お義父さんもお義母さんも同じくらい緊張してたと思うけど。
義実家では、お義父さんの家族に対するあり方や、生きていくうえでのポリシーのようなことが延々と話されました。
私はお義父さんからそんな話を聞いたのは初めてだったので、正直驚きました。
内容は、
家族に嘘をついてはいけない
調子のいいときほど自制心を働かせないと失敗する
家族はチームだ
バイオリズムを大切にしろ
いいことばかりに目を向けるな、悪いことを常に想定して動け
ほかにもたくさん言われまた。
チラシの裏側に、大切なことや説明のための図が書かれたものをあらかじめ用意してくれていたようで、それを私たちに見せながら説明をしてくれました。
なんて言うか、とにかく
「お義父さん哲学」がスゴイ。
バイオリズムなどと聞くと、なんだかスピリチュアルな雰囲気がしますが、
要は「人には調子のいいときと悪い時が必ずあるのだから、
調子のいい時こそ気をつけろ」
というような内容だったと思います。
私はこの時初めて「お義父さん哲学」を聞きましたが、どうやら夫は子供のころからこの話をされて育ってきていたようです。
「昔から言っているだろう」というワードが、お義父さんの口から何度も出ていました。
お義父さんは中学を卒業後、定時制の高校に通いながら、いろいろな仕事をしながら家族を養ってきました。経済的には裕福なお家ではありませんが、立派な家も建てているし、夫は東京の私立大学にも行かせてもらっています(奨学金借りてますが)。
私は終始「お義父さん哲学」を聞き入っていたのですが、夫の様子がどうもおかしい。
すぐ隣に座っている夫が、そばにはいるはずなんだけど存在感がないのです。
なんて説明したらいいのかわからないけど、心ここにあらずというか。
君ホントに聞いてる????
というか、
ホントにそこにいる?(魂が)
と問いたくなる。
よく考えると、その「お義父さん哲学」は夫は幼少のころから聞かされている話です。
それを本当に理解しているのなら、今こんなことにはなっていないはず。
聞かされすぎてるからか?
よくわからないけど、
たぶん夫はお義父さんの話を理解してない。
私はそう感じました。
実は私たちの結婚が決まって式の準備を進めている頃、こんなことがありました。
休日に夫に電話をしてもメールをしても返事がない。2~3時間たってからやっと連絡が来る。
何をしていたのかと聞けば、
「親父と話をしていた。今後の話。俺がまだしゃんとしてないから」と、
涙声で電話をしてきたことがありました。
それも一度だけではありません。
その当時はよく理解できなかったのですが、おそらくこの時も、「お義父さん哲学」をひたすら聞かされて(というか説教に近い)いたのではないかと思うのです。
私がお義父さんと話した具体的な内容を聞いても、夫はあいまいな説明しかしてくれませんでした。
おそらく、理解できていないから説明もできないのです。
夫はすご~くぼんやりとしか、お義父さんと話した内容を私に伝えられませんでした。
2~3時間お義父さんから哲学を聞かされていた夫は、「自分も親父のようにしっかりしなきゃ」という思いはあったものの、「哲学」そのものは全くピンと来ておらず、第三者にその内容を伝えられるほど理解していなかったのだろうと思います。
話が終盤に差し掛かったころ、お義父さんからこんな言葉が出てきました。
「わしは昔からお前を褒めたことが一度もないだろう。お前はすぐに調子にのるから」
この言葉には、夫とお義父さんとの関係がよく表れていると感じます。
またお義父さんは、
「わしはパチンコの面白さがよくわからん。行ったことはあるけど、借金してまでするようなものじゃない」
とも言っていました。
おそらく夫とお義父さんとの関係は、根深いものがあるのだと思います。
子供が一度も親から褒められないなんて。
考えただけでも心が痛くなります。
お義父さんのしつけが厳しかった話は、夫からもよく聞いていました。
子供の頃は、縄跳びを6000回飛んでからじゃないと晩ご飯を食べさせてもらえなかったという話を聞いたこともあります。
夫は義両親にとっての第一子で、1800グラムほどの未熟児で生まれてきました。
だから、「強く育てないといけない」そんな思いがあったのだと思います
また、義父の学歴や職業など、義父自身のコンプレックスから、
「周りに馬鹿にされない人間に育てなければ」
と思っていたのではないでしょうか。
夫は寡黙なタイプのお義父さんとは違い、明るく社交的で誰とでも友達になれるようなタイプです。
営業マンに向いているタイプ。そして器用で、なんでもすぐにできてしまうし、勉強もそこそこできる。
高校で始めた部活では全国大会に何度も行き、大学もスポーツ推薦で入学し、国体にも出場しました。
そういった部分が、お義父さんには「調子にのりやすい」という風に見えていたのではないでしょうか。
だから、ちょっとしたことでお義父さんの説教スイッチが入る。
あくまで私の推測でしかありませんが、夫は
「頑張っても父親から認めてもらえない」
そんな思いを常に抱えていたのではないかと思います。
毎日のように父親から叱られていた夫は
(叱られるというより、叩かれる、モノを投げられる、物置に閉じ込められる)、
自分の身を守るために自分の正当性を瞬時に示す必要がありました。
その環境が、夫が嘘をつく時の瞬発力を鍛えたのではないでしょうか。
また、夫が「お義父さん哲学」を聞いても右から左に流れてしまうのは、ある種の防衛本能が働いているのでは、とも思います。
子供は幼児期につらい虐待を受けすぎると、人の話を聞かなくなる、記憶力が低くなる、など脳の異常が現れるという話を聞いたことがあります。
私は専門家ではないので、夫がそこまで深刻な状態に当てはまるかどうかは判断できませんが、
いずれにせよお義父さんと夫との関係が、夫の自尊心の低さにつながっているのだろうと思うようになりました。
夫は大人になってからも、「家でお義父さんと2人きりになると緊張するし、何を話していいかわからない」と言っていました。
ところが、夫の2歳下の義弟は全く違います。
お義父さんに対して話をするときも、友達に話をするような口調です。
緊張感が夫とは全く違うのです。
夫が大学に行ったために、経済的理由で義弟は大学進学ができなくなったと聞いたことがあります。
もしかしたら、夫もお義父さんも、義弟に対してそのことを申し訳なく感じているからかもしれません。
義弟は義家族の間では、腫物のような存在だったように思います。
同じ家族でも、義弟とお義父さんとの関係は、夫のそれとは全く違うようです。
思い出しながら書いていたらすごく長くなってしまいました。
続きは次回に書くことにします。
最後までお読みいただきありがとうございました(^^)
絶対にしてはいけない過ちを犯していたのは私
前回の記事はこちら↓
夫の借金とギャンブル依存症について、お互いの両親に話をしようと思ったのは、↑の記事に書いた理由以外にも、原因があります。
2回目の借金が発覚して話し合いをした後、夫はもう一人で抱え込まなければいけない問題がなくなったからか、えらくさっぱりした顔で過ごしていたのです。
話し合いの場でこそ、涙を見せていたものの、その次の日には開き直ったかのように思えるそぶりを見せていました。
私は、その姿に違和感を感じました。
この人は、本当に反省して、もう二度と同じことを繰り返さないと決意しているのだろうか。
夫の姿に、私の不安はますます増していきました。
しまいには情緒不安定になり、仕事中でも涙が流れてくる始末。
同僚もきっとデスクで突然涙を流している私を見て、さぞ迷惑だったと思います(笑)
そして、そんな自分の不安定な気持ちも手伝って、お互いの両親にありのままを伝えようと決心したのです。
夫が嫌がるのは分かっていました。
でも、そうでもしないと、事の重大さを本人がわからないままになるのではないかと考えたのです。
実は、バイクシートから出てきた通帳とキャッシュカードの入っていた袋には、現金が2万円ほど入っていました。
ちょうど、私がそれらを見つけた日が消費者金融の返済日だったため、日雇いのアルバイトで稼いだその現金は、その日の返済に充てる予定だったようです。
ところが、何を思ったか私は、その現金を夫に返してしまったのです。
「つらかったね」と声をかけると、ワッと泣き出した夫。
それを見て、私に知られないように毎日アルバイトをして仕事にも行って、さぞかしつらかっただろうと私まで一緒に泣いていました。
今思うと本当にバカです。
その2万円の現金は、「日雇いのバイトで頑張ってきたんだから」と夫に返してしまいました。
素直にその現金を受け取る夫。
そして、その日の消費者金融への返済は、私が夫名義の口座からお金を引き出して済ませました。
ばか
ばか
ばか
私のばか!!!!
夫と二人で泣いて、正常な判断ができなかったのでしょうか。
それとも、寛容な女だと夫に思われたかったのでしょうか。
借金は、借りた本人に返させるというのが、原則中の原則です。
家族や周りのこうした尻ぬぐいが、本人の回復を遅らせます。
今なら、私もそれを理解しています。
その当時の私は、現実がつらすぎて、その大原則を理解できていませんでした。
目の前にある借金を、とにかく無くしたい。
そして、夫には借金のことは気にせずに本業に専念してもらいたい。
その一心でした。
借金さえなくなれば、夫がパチンコに行く理由もなくなるのではないかと思っていたのです。
共依存について参考になります↓
思えば、最初の借金が発覚した時も、夫名義の貯金から返済したとはいえ、本来ならばこれは世帯の貯蓄でした。
夫の借金返済のためにためていたお金ではありません。
いつか家を買う時のために。
いつか子供ができたときのために。
そんな、二人にとって喜ばしい出来事のために使われるべきお金だったのです。
結局2回目に発覚した借金も、夫名義の貯金を解約して返済に充てました。
私が家計を管理するようになって、余計に夫は家のお金に無頓着になっているのかもしれません。
そして、2回目の借金が発覚した後も、あとは私がどうにかするだろうぐらいに思っていたのかもしれません。
借金をしたのなら、本業と別にアルバイトでもさせて本人に毎月返済させるべきだったと、だいぶたってから思うようになりました。
家族のお金からは出してはいけないのです。
でも、私自身、夫の借金やギャンブル依存症に悩んでいるとき、いろいろな本やネットで「借金は本人に返せなければいけない」という忠告を見てきました。
それでも、いざ自分の目の前に消費者金融からの借金があると、利息のことなども考えてしまい貯金に手を出さざるを得ませんでした。
これには、本当に本当に後悔。
ちなみに、夫に返したアルバイト代の2万円は、速攻で夫のダーツグッズ購入費に充てられたようです。
ドロップキックかましてやりたい。まじで。
離れるべき時に離れるべきだったのかもしれない
前回の記事はこちら↓
夫のバイクシートから消費者金融のキャッシュカードが出てきて、新たに150万円弱の借金が発覚しました。
夫が起きてきたので、テーブルの上にキャッシュカードと通帳を置きました。
固まる夫。
始まる言い訳。
夫は、お金を使い込んだ理由をバレバレの嘘でどうにか取り繕おうとしていましたが、そんなものは右から左に流れるだけ。
前回借金が発覚していた時は、たまたま1枚しかキャッシュカードが見つかりませんでしたが、実はもう1枚カードを持っており、それが今回見つかったカードでした。
前回の借金を完済した時には、もう他にはないと言っていたのに、結局パチンコも止められず、隠していたもう1枚のカードで借金を繰り返し、借金額はみるみるふくらんでいったのです。
そして、隠し持っていたお金も底をつき、消費者金融からの借り入れもできなくなり、切羽詰まってからは本業の合間に日雇いのアルバイトをして、どうにか月々の返済をしてきたことを白状しました。
私自身も甘いなと思うのですが、夫の話を聞いた私は
「つらかったね」
と、夫に同情をしたのです。
すると、夫はワッと泣き出しました。
ずっと一人で抱え込んできた借金とギャンブル依存のつらさが、そこであふれてきたのかもしれません。
だけど、なぜこの時にきちんと、離婚に向けて話をしなかったのだろうと、今になって思います。
同情して一緒に泣いてる場合じゃないわ。
2回目なんだから、さっさと別れろよ。
今の私が当時の私に言うなら、↑のセリフだと思います。
でもその時は、猫を連れて一人で家を出ていくのは大変、だとか、離婚の手続き面倒、とか、そんなことばかり考えて、結局一緒にいることを選んだのでした。
それでもやっぱり、まだ借金があるんじゃないか、またパチンコへ行ってしまうんじゃないかという不安と恐怖は消えません。
前回、借金と依存症が発覚した時は、お互いの家族のだれにも言わずに2人で話し合って解決を目指しました。
だけど、今回は2人だけで解決するだけの自信は私にはありませんでした。
つらくてつらくてたまりませんでした。
誰かに聞いてもらわないと、頭がおかしくなる。
そう思ったのです。
お互いの親にも言おう。
2回目の借金が発覚してから2日後、夫にそう伝えました。
夫はとても嫌がっていました。
理由は「親を悲しませたくない」から。
それは私だって一緒です。
私の父親は、私が幼いころから、
「ギャンブル依存症は恐ろしい」とよく言っていました。
パチンコをしたり、競馬や競艇に行くようになるとギャンブル依存症になってしまう。
というのが父親の言い分でした。
私はそもそもパチンコや競馬や競艇に興味がなかったし、みんながみんな依存症になるわけじゃあるまいし大袈裟だなと、父親の話を特に気にしていませんでした。
また、90年代後半に消費者金融のCMが大量に流れるようになってからは、
「消費者金融なんかで金を借りるな!!」
と、これまた口癖のように言っていました。
そんなことを言われても、借金をするような状況になったことがないので、父親の忠告も特に気にすることはありませんでした。
ただ、サラ金でお金は借りてはいけない。ギャンブルはやるべきではない。という意識は、頭の片隅にいつもあったように思います。
それなのに。
今私は、父親からさんざん口を酸っぱくして言われてきたギャンブル依存症と、消費者金融からの借金に頭を抱えている状況です。
私が苦労することのないように、悲しい思いをしないようにと、あれだけ忠告してくれていたのに。
そう思うと、もう自分が情けなくて情けなくて。
初めてこの時夫の前で声をあげて泣きました。
私だって父親にこんな状況を知られて悲しませたくない。
それでも、お互いの両親にこの問題を知ってもらわないと、私自身がもう耐えられなかったのです。
親にこの事実を伝えたところで、お金の援助をしてもらおうなどとは思っていません。
いくら借金があるのかということも、伝えるつもりはありません。
夫と話をしてから半月後に、休みを合わせて実家に帰ることにしました。
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